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&Critiques Blog (Arts&Books)

“Arts&Books” で美術鑑賞と読書会をさらに楽しむために
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11ヶ月で55作の名著を読む会 第04回
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    ※ 読書会が予想以上の参加者数のため、多読会の場所と集合が変更になりました。

    「11ヶ月で55作の名著を読む会」(多読会)の第04回10月11日(日)に第49回読書会と連続して実施しましょう。
    下記のテキストのうち、理想的には5作すべて、標準で必読3作(◎)を読んできてください。参加の最低条件は必読1作を読むこと。
    多読が目的のため、精読の必要はなく、浅い読みでも斜め読みでもかまいません。会合も、とくに発表者を立てず、参加者全員の簡単な感想を聴きながら歓談する形式をとります。
    全11回に参加必須というわけではなく、参加したい回だけに参加でもかまいません。

    【 日にち 】 10月11日(日)
    【 集 合 】 17:45に東西線早稲田駅1番出口
    【 場 所 】 新宿区立の地域センターの会議室

    今回のテーマ(Arts&Books文学選集第04巻のテーマ)は「異端」。10月11日(日)はArts&Books史上最大の異端文学デー
    第49回読書会でバタイユ「目玉の話」を読み、多読会第04回で下記のテキストを読みましょう。片方だけへの参加も歓迎。第49回読書会の詳細はこちら
    ◎ サド「悪徳の栄え」(河出文庫ほか)
    ◎ ナボコフ「ロリータ」(新潮文庫ほか)
    ◎ 泉鏡花「高野聖」(ちくま日本文学ほか)
    ○ ワイルド「サロメ」(岩波文庫ほか)
    ○ 江戸川乱歩「押絵と旅する男」(ちくま日本文学ほか)
    サドとナボコフの他は、40ページ〜90ページの短い作品です。

    なお、第01回〜第02回の会合は下記の通りに進めました。
    「まとめて簡単な感想」→「1作目のあらすじ」→「1作目について歓談」→「2作目のあらすじ」→……→「5作目について歓談」→「次回のための連絡」

    また、全11回のテキストは、こちらのExcelファイルを参照(随時更新)。

    参加希望のかたはinfo@artsbooks.jpまでご連絡ください。
    一年生・二年生以上・他大生・院生・社会人etc.、どなたでも歓迎します。


    悪徳の栄え    ロリータ    高野聖
    | 多読会 | 00:00 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
    ■ 第04回の見開きの冒頭

    10月11日は異端文学デー。バタイユ「目玉の話」を扱う読書会の後、本会が実施された。同作は、大人になりゆくアリスがエロティシズムによって不思議の国へ、失われた全き他者たちの世界へ帰る物語として読解できる。ゆがんだ現実をみずからゆがむことでまっすぐに見つめ、失われた豊かさをとり戻す。異端は意外にピュアなのだ。
    | Arts&Books | 2009/10/27 7:39 PM |

    ○ 江戸川乱歩「押絵と旅する男」

    夢か現か、この弁別の根拠の無さ。これは作家の好む主題だ。当作品は導入部分で巧みに読者を越境せしむ。主人公の視線、プリズム双眼鏡。主人公は境界上を揺れるが越境はしない。後半は「身の上話」の中へと加速する。そして老人は消え去る。こちら側と向こう側、だが一番興味深いのは両者が混じり合うあるいは混ざり合う狭間である。それは夕刻であり、向こう側への視線であり、また本を読むことでもあるかもしれない。(イザワ)
    | Arts&Books | 2009/11/02 7:46 PM |

    ◎ サド「悪徳の栄え」

    小説としてはつまらない。権力ある男たちに守られ、莫大な富を手にした美女ジュリエットが、いかなる障害もなしに、淫楽のかぎりを尽くすだけのご都合主義(少なくとも上巻までは)。だからといってバタイユのような過激な描写があるわけでも、ジュネのような魅惑的な表現があるわけでもない。先入見に反し、サドはあまりに観念的であり、あまりに理性的である。その観念の肥大のゆえに、思想としてはいくらかおもしろみがある。とはいえ時代の制約か、自然を讃え自由を尊びながらも、生成の無垢からはいまだ遠く離れている。死せる神の座を奪った人間は、しかし神の影から逃れられずにいる。その呪縛のなかから、聖なる神とは相補的であるにすぎない邪なる人間を空想するだけである。厳格なモラリストが善をもって神の存在を説くのも、露悪趣味のインモラリストが悪をもって神の不在を説くのも大差はない。観念を超えた欲望は、もっと穏やかに、もっと無関心に、それゆえもっと残酷に神を消し去るだろう。(イガラシ)
    | Arts&Books | 2010/02/09 3:37 AM |

    ◎ ナボコフ「ロリータ」

    初恋を拗らせたことに端を発し、ある種の蠱惑的な少女(ニンフェット)しか愛せなくなった主人公ハンバート。彼は少女ロリータを意のままにしようとするが、かえって翻弄されるばかりで、ついには罪を犯してしまう。しかしこれは、単に異常性愛者の成れの果てを描いた物語ではない。なぜなら彼は最後に彼女に会った時にさえ、つまり、もはやニンフェットたり得ない姿となった彼女をも求めていたからだ。ハンバートの愛はいつしか少女に対するそれではなく、ロリータという一女性に対するものになっていた。だからこそ、彼女の拒絶――ハンバートはロリータの人生をめちゃめちゃにしただけであり、心をめちゃめちゃにすることはできなかったという事実が切なく胸に刺さるのだろう。ハンバートは刑務所の中で死ぬわけだが、ロリータの最期についても実は冒頭部分においてさらりと言及されている。伏線の多さもこの作品の魅力の一つであり、再読のたびに新たな発見を楽しむことができる。(フクマ)
    | Arts&Books | 2010/02/09 3:38 AM |

    ◎ 泉鏡花「高野聖」

    描写とは「切り刻む」ことである。現実の世界の風景は「一瞬」で把握できる。しかし、テクストに書かれた「一瞬」、それはもはや一瞬ではない。それはあまりにも「長い」。描写すればするほど現実とはかけ離れていく以上、風景描写を重ねた末の小説の景色が異形の風景になってくるのは必定である。「路傍の草いきれが恐しい、大鳥の卵見たようなものなんぞ足許にごろごろしている茂り塩梅。また二里ばかり大蛇の蜿るような坂を、山懐に突当って岩角を曲って、木の根を繞って参ったがここのことで余りの道じゃったから、参謀本部の絵図面を開いて見ました。」(p.131)といったような泉鏡花の特異な描写に十分に親しめたなら、このテクストをぜひ声に出して読むことを読者に薦める。すると「目」で見るのとは違った。また違う雰囲気が「耳」という器官を通じて呼び起こされるであろう。それは異形の風景のなかに現れる語りの柔らかさ、会話の気品である。(コミヤマ)
    | Arts&Books | 2010/02/09 3:39 AM |

    ○ ワイルド「サロメ」

    「サロメ」は「ハチミツとクローバー」である。片想いの連鎖のためだけではない。きらきらした青臭さのためでもある。社会的な価値を、肉親との情愛を、観念への盲信をものともせず、おのれの欲望を貫くサロメ。欲しいのはただ美しいもの。ほかにはなにもいらない、この命さえも。しかし、美しいものは応えない。サロメが手にするのは死せるヨカナーンであり、サロメを手にできないエロドは彼女を殺す。美との口づけはいつも「にがい味がする」のだ。(イガラシ)
    | Arts&Books | 2010/02/09 3:41 AM |










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