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&Critiques Blog (Arts&Books)

“Arts&Books” で美術鑑賞と読書会をさらに楽しむために
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11ヶ月で55作の名著を読む会 第01回
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    「11ヶ月で55作の名著を読む会」(多読会)の第01回は、6月28日(日)に実施しましょう。
    下記のテキストのうち、理想は5作すべて、標準で必読3作(◎)を読んできてください。参加の最低条件は必読1作を読むこと。
    多読が目的のため、精読する必要はなく、浅い読みでも斜め読みでもかまいません。会合も、とくに発表者を立てず、参加者全員の簡単な感想を聴きながら歓談する形式になります。
    全11回のすべてに参加必須というわけではなく、参加したい回だけに参加でもかまいません。

    【 日にち 】 6月28日(日)
    【 集 合 】 16:45に高田馬場駅BIGBOX前
    【 場 所 】 高田馬場駅周辺の喫茶店など(参加多数の場合は会議室)

    今回のテキスト(Arts&Books文学選集第01巻の構成)は下記のとおり。
    ◎ モア『ユートピア』(岩波文庫ほか)
    ◎ 魯迅『阿Q正伝』(光文社古典新訳文庫ほか)
    ◎ 大江健三郎『万延元年のフットボール』(講談社文芸文庫)
    ○ オーウェル『1984年』(ハヤカワ文庫(6月下旬に新訳も))
    ○ ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』(新潮文庫)
    今回のテーマ(Arts&Books文学選集第01巻のテーマ)は「システム」
    ただし、これはあくまでも便宜的なもので、それについて歓談・議論するということではありません。

    また、今回の裏テーマ「村上春樹『1Q84』を読むために」
    お好みで、村上春樹の新作長編『1Q84』(新潮社)もあわせてどうぞ。
    今回はこの作品になんらかのかたちで関係のありそうなテキストで構成されています。

    全11回のテキスト=全11巻の文学選集の構成は、こちらのExcelファイルを参照(随時更新)。
    第01回〜第06回のテキストは、こちらのPDFファイルを参照(文庫・翻訳のオススメつき)。

    参加希望のかたはinfo@artsbooks.jpまでご連絡ください。
    新入生・二年生以上・他大生・院生・社会人etc.、どなたでも歓迎します。


    ユートピア    阿Q正伝    万延元年のフットボール
    | 多読会 | 00:00 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
    多読会第01回、おつかれさまでした。
    そういうわけで、この会では毎回、希望者が各作品について感想・書評を書いていきます。
    そうして、1回ごとに見開きに収まるような冊子をつくっていきたいと思います。
    必読3作は400字程度、なるべく読みたい2作は200字程度(誤差は±20字以内)。内容は自由。
    書いたものはこのブログのコメント欄かinfo@artsbooks.jpまで。

    第01回のページの冒頭には、こんな文章を載せます。
    「村上春樹はエルサレム賞の授賞式で、「壁と卵」について、つまりシステムとそれに向きあう個人について語った。5月29日に刊行された彼の『1Q84』は、タイトルから想起される『1984年』との関連に加え、この講演との関連が予想された。これを踏まえ、多読会の第01回は「『1Q84』を読むために」を裏テーマとして企画された。」
    ちょっと硬いかな。感想・書評はもっと柔らかくてもどうぞ。
    毎回、この冒頭の文章には時事ネタも盛りこんで、読んでいる「いま」を含めこみたいですね。
    | igarashi | 2009/07/30 1:54 AM |

    ◎ モア「ユートピア」

    自分が幸せだと思っていたものが、実際手に入れてみると案外大したことはなく、それが満たされたことによって新たな不安が巻き起こってきさえする。「ユートピア」とは「どこにもない」という意味をもつトマス・モアの造語である。どこにもないものをあえてモアが描いた理由、それは「幸せは現前化しない」ということかもしれない。「ユートピア」は現前化してしまったら「ユートピア」ではないのである。その「ユートピア」らしきものが実現してしまった共産主義はやはりユートピアではなかった。つまり、モアは我々にユートピアの思想を教えたが、同時にユートピアの不可能性をも提示したのである。これを踏まえうえで本作品を読む意味、それは部分的ユートピアの可能性ということだ。この作品のすべてに賛成することは当然できないにしても、いくつかの重要な示唆は現代に生きる私達にとっても充分有効性を持つ。モア自身も意図しなかったであろう考えを私達が読み込むこと、そこに本作品の意味がある。(コミヤマ)
    | Arts&Books | 2009/07/30 1:56 AM |

    ◎ 魯迅「阿Q正伝」

    本当の偏見とはどういうものだろうか。阿Qは物語の後半で、ある事件をきっかけに監獄へ入れられてしまう。しかし、彼は常日頃から、自ら生み出した考え、「自分は阿Qその人を軽蔑することのできる第一人者である」によって、外部のことに関しては気にとめないように心掛けていた。だから、死刑を宣告されても何とか落ち着きを保っていることができた。ところが、見物にきていた群集の眼が、むかし見た一匹の飢えた狼の「残忍な、それでいて臆病な、きらきら鬼火のように光る眼」に似ていたために、彼は恐怖を覚えずにはいられなかった。われわれが考えやその方向を決める段階には偏見があり、微妙なピントのずれがある。阿Qの考えにもそれがある。われわれと阿Qの偏見には共通した部分がある。偏見とは、われわれが生きていくうえでの一定のルールに近い感覚なのである。もちろん、そう考える私のこの考えも偏見になってしまうのだけれども。(ムトウ)
    | Arts&Books | 2009/07/30 1:56 AM |

    ◎ 大江健三郎「万延元年のフットボール」

    鷹四が自殺した後の、エピローグというにはあまりに濃厚な終末。頭をよぎったのは「コロノスのオイディプス」を観終わった観客の姿だった。オイディプスは神的な雷と共に消滅するが、観客はその閃光によってオイディプスの苦難の人生を肉体に刻まれて日常に戻る。それは、弟の死――自分を拘束する閉鎖的なモラルやそれが培われてきた共同体・人間関係を、一時的にせよ転覆させて変化を遂げた鷹四の死――を負う蜜三郎の姿と似ている。だが蜜三郎も変化する。鷹四との二つの“共有”――過去の一揆の首謀者が通した生き方への共通認識と、鷹四の血を継ぐ未来の自分の子ども――は蜜三郎の中に鷹四が生き活動することを決定的にする。「では我々は?」と本作品の読者は自分にたずねるだろうか。森に巻き起こる変化の渦、響き渡る叫び、時代の空気をその場にいたかのように吸い込み体中に巡らせた読者は何らかのアクションに至るのだろうか。それが著者の問いであり、“期待”でもあるのだろう。(サトウ)
    | Arts&Books | 2009/07/30 1:57 AM |

    ○ オーウェル「1984年」

    本作品はシステムの“恐怖”を描くとともに、システムがなにに支えられ、どこまで及びうるかを、1949年の世界情勢に照らしながら思いめぐらす。エリートの虚焦点たるビッグ・ブラザーの指導する理想=地獄のシステムは、一望監視、規律訓練、感情操作を駆使し、歴史、言語、性愛、そして真理を統制する。これにより、過去にありえた可能性も現在にありうる可能性もことごとく費える。救いようもなく暗い未来への警鐘が作品全体に鳴り響いている。(イガラシ)
    | Arts&Books | 2009/07/30 1:57 AM |

    ○ ソルジェニーツィン「イワン・デニーソヴィチの一日」

    理不尽にぶち込まれたラーゲリ(強制収容所)では、意味も自由もないクソな生活がいつ終るとも知れず続いていく。その中にありながら、主人公デニーソヴィッチは、過去を懐古するでも、未来を夢想するでも、神の世界を信仰するでもない。カーシャを食べ、レンガを積み、タバコを吸い、今この瞬間を強かに生きる。イワン・デニーソヴィッチの一日は、昨日でも明日でもない、今日この日に他ならない。そして、今日もここで太陽と月は輝いているのだ。(モリワキ)
    | Arts&Books | 2009/07/30 1:58 AM |










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